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2016年10月 4日 (火)

第254回 覚悟

先日、司法試験合格祝賀会がありました。伊藤塾開塾前の私の講義から勉強を始め、ずっと塾生でいてくれた人がいました。5年めの最後のチャンスで合格した人もいます。一度就職し働きながら合格した人も何人もいます。伊藤塾には短期合格者も多いですが、こうして「ゆっくりいそげ」を心に、自らの道を切り拓いてきた塾生が大勢います。皆さん、「やればできる必ずできる」「最後まで絶対に諦めない」を実証してくれました。

試験を問わず、不合格になったときに環境や制度のせいにする人がいます。ですが、こうした言い訳を始めると、きりがありません。何よりも不合格の本質的な原因の究明ができなくなります。そして、大抵は目新しいものや今までやったことのないものに手を出して失敗を繰り返します。たかが試験のレベルであれば、盤石な基礎・基本とそれを使いこなす徹底した(解く、書く)訓練で十分合格できます。試験種を問わず、最先端の話ばかりする人ほど、驚くほど基礎ができていません。実務で必要なものも、盤石な基礎力と書く力です。受験生は日々、基礎・基本に徹する覚悟が問われているのです。

それから、もう一つ大切なことがあります。運も実力のうちということです。こう言ってしまうと元も子もないような気がしますが、前向きに努力し続ける人には運も味方します。実務に出れば、8割方運ですから、運とどう向き合うかを今から意識しておいた方がいいと思います。

仕事でも、プライベートでも運が悪かったと思うことがあります。それで悩み、落ち込むこともあります。ですが、不運と思うような出来事や逆境も、実はその事実自体は無色透明で色はついていません。それをどう評価し、どのような意味を与えるかは自分です。スランプだとか、逆境だとかいうネガティブな評価を与えてその事実を不運とみるか、逆にちょうどよかったと思うかは自分で決めることなのです。言葉を換えれば、運の良し悪しは自分で決めるということです。

ベンチャーどころか、有名企業に就職したところで、どの部署に配属されるか、どんな上司の下で仕事をすることになるか、ある意味、すべて運です。そこで自分の身に降りかかった事実をどう受け止めて、それを前向きに活かすことができるかどうかで、その人の成長や将来が左右されます。目標を決めて思い通りに自分の人生を進めるという生き方もありますが、自分の身に降りかかった偶然をどのように活かしていくかという生き方もあるのです。

2012年に自民党憲法改正草案が発表されたとき、こんな改憲が進められたらとんでもないことになる、これは大変だと思いました。でも、これをきっかけに市民が憲法を具体的に考え、立憲主義を知るチャンスになると考えました。昨年、多くの法律家が違憲と指摘する中で新安保法制が強行採決されましたが、これも国民が立憲主義と民主主義を考えるチャンスになると思いました。先日、安保法制違憲訴訟の第1回口頭弁論が開かれましたが、そこで、私は法律家の職責を裁判所に問う弁論をしました。1人1票裁判もそうですが、国を相手に裁判をするにはそれなりの覚悟が必要です。

提訴にあたり、一部の法律専門家から「日本の司法に期待しても無駄だ。合憲判決が出てしまったらどうするんだ」と厳しい批判を受けることもありました。しかし私は、憲法秩序を破壊する政治部門に対して、司法がその存在意義を示すチャンスだととらえています。弁護士のみならず、裁判官も、国の代理人である検事も、法律家として、この国の立憲主義を護り、司法の威信を示す覚悟があるかが問われます。人の生死にかかわる安保法制を制定した政治家、それを執行する官僚、現場の指揮官、戦地に派遣される自衛官の家族、そしてこれから起きるであろう様々な事態に向き合う国民の覚悟も問われます。

人は重大な事実に直面したときに、覚悟を問われます。生き方を問われると言ってもいいでしょう。そのときにうろたえないように日々自らの心を鍛えておかねばなりません。受験生にとって試験の合否は重大な事実です。それは将来、もっと重大な事実に直面したときのために自分を鍛え上げるひとつの試練です。こうした覚悟を決めておけば、合格までの間にいろいろなことがあっても乗り越えることができます。

合格への道は人それぞれであり、自分の人生を人と比べることなどできません。一瞬一瞬が自分の人生の本番なのですから、覚悟を決めて、自分らしく堂々と前に進めばいいと思います。

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