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2017年7月 2日 (日)

第263回 沖縄

6月23日沖縄慰霊の日に合わせて、安保法制違憲訴訟の沖縄提訴に参加してきました。
那覇地裁が20箇所目の裁判所で、これで6,296人の原告、1,614人の弁護士が代理人となりました。ここでも塾生だった若手弁護士が何人も参加してくれています。
住民4人に1人が犠牲になった沖縄戦の組織的戦闘が終結して72年。沖縄にとってこの慰霊の日は特別な日です。
本土では、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などは1面で取り上げていましたが、日本一の発行部数を誇る読売新聞は、1面どころかどこにも記事を見つけられませんでした。
完全に無視です。政府広報誌に成り下がると、ここまで冷淡になれるものなのだなと妙に寒心し、戦前もこうして新聞が人々を一色に塗りつぶしていったのだろうなと納得もしました。

提訴の後、報告集会まで少し時間があったので、沖縄国際平和研究所を訪ねてきました。
6月12日、92歳の誕生日当日になくなった大田昌秀元沖縄県知事が設立されたもので、沖縄戦やホロコーストを写真と映像で学習できる展示館です。
特別に見せていただいた資料の中に興味深い写真を見つけました。戦時中に米軍が日本の上空から巻いた宣伝ビラです。「憲法上の権利を要求せよ」というタイトルのもとに様々な権利が列挙されていて大日本帝国憲法で保障された権利を自覚させようとしているのです。もう1枚は、「住民はこの戦争に対してどんな義務がありますか」と問いかけて、「皆さんは戦争に行きたかったのですか」「皆さんは勝つ見込みのない戦争をしたいのですか」「皆さんはこの戦争で何か得をすることがありますか」という具合に合理的な理性に訴えるような内容のビラです。

沖縄国際平和研究所と見せていただいた資料▲沖縄国際平和研究所と見せていただいた資料


権利・義務という言葉すら正しく理解できなかったであろう日本人に、アメリカはこうして理性に訴えかけてようとしていたのです。一億総火の玉となって玉砕も辞さない覚悟の日本臣民とはあまりにもそのメンタリティが違いすぎました。
理性や知性が通じない人を相手にしていると本当に徒労感が残ります。日本の議会政治は知性、理性で議論できる場ではなくなってしまいました。戦前に先祖返りをしたのでしょうか。国会崩壊といわざるをえないほど劣化してしまいました。
だからこそ司法という最後の理性の場に期待して、そこで闘うしかないという思いで、安保法制違憲訴訟を全国の裁判所で展開しているのです。

沖縄の訴状では次のように訴えています。
「現代の戦争は報復の連鎖である。安保法制があることにより、アメリカが自国の正義を伝播させようとする中で生じる怨嗟の渦に、巻き込まれる可能性が高まる。安保法制は、戦争による加害と被害を一気に拡大させる危険性を持つものでしかない。本土において米軍基地のない地域に暮らすと、米軍の戦争に巻き込まれるという事態をリアルに想像しづらいかもしれない。しかし、国が戦争に巻き込まれたとたん、国内の個人一人ひとりが直接加担せずとも、戦争は私たちに無関係なものではなくなってしまう。もっとも忌むべきことは、そうした想像力の欠如と無関心である。」

本土の人間の想像力の欠如ほど残酷なものはありません。 伊藤塾では毎年12月に沖縄スタディツアーを行っています。かつては「本土と沖縄には温度差がある」と言われました。しばらくして「沖縄は差別されている」という表現に変わり、今は「無視されている」と言われることがあります。読売新聞の対応を見ると残念ながら認めざるを得ません。今年も多くの塾生の参加を期待しています。

辺野古新基地建設はもちろん「唯一の選択肢」ではありませんが、多くの政治家、そして本土の人間はそう思い込みます。ちょうとパレルモ条約締結には共謀罪が必要という根拠のない思い込みと同じです。嘘も繰り返し報道されれば本当のことと思い込みます。他方で1兆円ともいわれる巨額の建設費はすべて私達の税金で賄われるということ、大切な自然が壊されていること、テロリストでもない一般人が5ヶ月も拘束され家族との面会も禁じられ精神的拷問を受けたことはあまり報道されないので知りません。

沖縄スタディツアーでは毎年、大田先生に講演をしていただいていました。
先生は、「過ぎ去った歳月の過程で、私が一日たりとも忘れることができないのは、いくつもの地獄を同時に一カ所に集めたかのような、悲惨極まる沖縄戦の生々しい体験である」と最後の編著作である「沖縄鉄血勤皇隊」に記されています。
沖縄戦では、13歳から19歳までの少年約1,800人が動員され1,550人が亡くなりました。「同じ戦場から奇しくも九死に一生を得て生き延びた私は、学友たちの死を悼み、ひたすら生きる意味について考えざるを得なかった。そして生きる意味があるとすれば、それは絶対に二度と同じ悲劇を繰り返させてはならないと固く決意し、世界の平和創出に努めること、悲惨な実態を可能な限り正確に後世に伝えねばならないこと」と想いを述べられています。
先生と2日しか誕生日が違わない私も改めて自分の生の意味を問い続けます。

2016年沖縄スタディツアーでのご講演の様子と大田先生の執務室▲2016年沖縄スタディツアーでのご講演の様子と大田先生の執務室


「勝つ方法はあきらめないこと」辺野古の海のテントの看板にあった言葉です。
すべてに通じる、私にとってとても大切な言葉です。
沖縄は日本の最先端。そして憲法の最先端です。

<関連リンク> ・伊藤塾 沖縄スタディツアー沖縄国際平和研究所 (外部リンク)

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