真の法律家・行政官を育成する 「伊藤塾」 株式会社 法学館

2018年3月 1日 (木)

第271回 北東アジア

平昌オリンピックが終わりました。国単位でメダルを競うことはオリンピック憲章の趣旨に反するのですが、メダルの数で盛り上がる報道もありました。北朝鮮に南北対話を持ち掛けられて応じるなんて日米韓の協調を壊すものだと批判する声も聞かれ、競技外の話題にも事欠かなかったオリンピックでした。

確かに北東アジアには、いくつもの緊張の種が存在します。①冷戦時代の分断と対立が強く残る、②中国・ロシアという核兵器保有国の存在、③領土問題(北方領土、竹島、尖閣をめぐる紛争)と、④歴史問題の存在、⑤地域的安全保障の枠組みがない、等です。こうした問題を抱えながらも、日本はアジアの中の日本として一定の役割と責任を果たしていかなければなりません。

北東アジアの諸国間には、文化的にも経済的にも緊密な「永久の隣人」同士という現実があります。人間同士ならば、隣に嫌な人がいても最後は自分が引っ越しをすればいいだけですが、国同士となるとそうはいきません。どんなに嫌いでもうまくやっていくしかないのです。

戦争を繰り返してきた独仏によるエリゼ条約を紹介したことがあるかと思います。条約調印50周年の2013年に駐日独仏大使の連名で発表された声明に以下のような指摘がありました。「両国を隔てるよりも結びつける要素が多くなったのは史上初めてだ。意見や利害の違いを軍事力で解決するという方法はもはや考えられない。独仏両国民は今後もこの道を歩んでいく。対立がもたらす代償がいかに大きく、和解から得られる利点がいかに大きいかを、歴史の教訓から知ったからである。」極めて現実的な選択です。

アメリカは親米派を育てるために、日本のエリートを米国留学させました。アメリカに感謝し、親米のメンタリティを持つ日本人エリートを何十年もかけて国策として育成していったのです。それが米国にとって一番の安全保障になり、国益にかなうと考えたからで、これもまた極めて現実的な政策です。

日本ではどうでしょうか。日本が好きで日本語を学び、せっかく留学や仕事で来日したのに、ひどい仕打ちを受けて反日になって帰国する外国人が後を絶ちません。いまだにヘイトスピーチ、ヘイトクライムも横行しています。人種差別というよりも過去の植民地主義が未だ克服されていないのです。

さて、万が一にも米朝が武力衝突したならば、日韓は無傷ではいられません。アメリカは日韓に一切の被害を与えないほどに強くありませんし、自国の国益に反して日本を守ってくれるほどにやさしくもお人よしでもありません。北朝鮮との関係は対話で解決するしかないのです。冷静に現実を見極めることが重要です。「負ける戦争は絶対にしない。勝てる戦争には戦わずして勝つ。」こうした戦略論の基本が今こそ必要なときだと思います。北朝鮮の脅威を口実にして国民の不安を煽って行われる改憲発議ほど危険なものはありません。

自衛隊を明記する改憲に際して、「現状を単に明記するだけで、何も変わりません」と言われます。国旗国歌法(1999年)を作るときも同じことが言われました。それまで法的な根拠がなかった日の丸・君が代を国旗・国歌として明記するだけの法律です。しかし、それにより日本社会は大きく変わります。法律ができて数ヶ月後、ロック歌手忌野清志郎のロック調「君が代」を収録したアルバムをレコード会社が自主的判断によって発売中止にしました。大相撲で優勝した力士にNHKアナウンサーが君が代斉唱を求め、岐阜県知事は国旗国歌を尊敬しない人は日本国籍を返上すべきと発言するなど、どんどん日の丸・君が代が押しつけられる社会になりました。さらには、君が代の起立・斉唱を教員に強制する職務命令まで出されるようになります。

日の丸が国旗であり、君が代が国歌であるという「現状を明記する」法律ができることによって、国民の中に君が代を茶化すことは不適切だ、日本国民なら日の丸を尊重すべきだという風潮が広まっていったのです。単に明記しただけで、ここまで社会は変わるのです。法律で義務そのものを定めずに、社会のムードを変えることにより、義務を課したのと同じ結果を実現したのです。

自衛隊明記に際しても、「自衛官が可哀想」、「自衛官に失礼だ」、「愛国心があるのか」、「非国民!売国奴!」等様々な感情的な言葉が言論の自由という名の下で飛び交い、言葉狩り、ネットでの炎上も仕掛けられていくかもしれません。未だに植民地主義が克服されておらず、アイヌ、琉球への差別や旧植民地の人々への差別や偏見から脱することができない国民がいるような国が、それに輪をかけて多様性を認めない国になりそうです。力によって人をねじ伏せ、寛容性に欠ける社会、異論・反論を許さない社会は、決して人々に幸せをもたらしません。

せっかく日本に来てくれた外国人を排斥したり、日本人同士でいがみ合ったりすることは、憲法がめざす社会ではありません。少なくとも法律を学ぶ者として、何も変わりませんとか、自衛隊員がかわいそうといった理屈に合わない言説に惑わされたり、北朝鮮が怖いからといった不安に支配されたりしないだけの理性を保ち、知性を維持してほしいと願っています。私たちはどのような社会をめざすべきなのか、法律家や行政官である前に一市民として、そのことをしっかりと考える必要があると思います。

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