真の法律家・行政官を育成する 「伊藤塾」 株式会社 法学館

2018年7月 1日 (日)

第275回 多様性その2

サッカーワールドカップの結果が気になって勉強が手につかなかったという人もいたと思います。結果はどうあれ、こうした本気の勝負は私たちに様々な話題を提供してくれます。日本チームの活躍に対して前評判との違いから手のひら返しという表現も使われました。他人の評価は本当にあてにならないものです。

プロフェッショナルとは、他人の評価などにふりまわされず、自分の仕事をすることだけに集中できる人たちであることを教えてくれました。予選リーグ最後のポーランド戦で、西野監督率いる日本チームは0-1で負けていたにもかかわらず、最後の10分を時間稼ぎのボール回しに終始しました。勝ち点等で並んでいたセネガルにフェアプレーポイントで勝り決勝トーナメントに進出できそうだったので、そのまま無理に攻め込んで危険を招くことを避けたのです。選手の体力温存という目的もあったかもしれません。

この戦い方については賛否両論あったようですが、私はここで「優先順位付け」と「ゴールからの発想」の重要性を再認識しました。あの場面でチームにとって重要なことは、観客を喜ばせることでもなく、力を出し切ったという自己満足でもなく、ベスト16のトーナメントに進むことでした。会場のブーイングも含めて、たとえ見ている人が不満であってもそうした周りの目を気にすることなく、そこでの目的を明確にしてそのために最善の選択をすることがプロには求められます。様々な不確定要素を考慮に入れた上での瞬時の決断で真価が問われるのです。

しかも、ベスト16に進むことは、それ自体が目的なのではなく、その先を見据えたときに必要な過程にすぎないという全体観もチーム全体で共有できていたのだと思います。従来から日本サッカー界は将来のワールドカップ日本開催、日本優勝を明確なゴールとして見据えてその準備を進めてきました。2050年優勝、2030年ベスト4という中間目標も設定しているそうです。そのためには何としてもベスト16に入り、トーナメントを数多く経験しなければならない。世界の強豪チームが本気で戦い、しのぎを削る厳しい戦いの中でしか得られないものがあるそうです。そこでの失敗も含めた経験を次に活かして目的を達成するという壮大な計画があるのです。ベルギーは2009年には世界ランク66位でしたが今は3位にいます。人は実現不可能な夢を思い描くことはありません。

2050年優勝というゴールからの発想、そして一歩先を考えることは、勝負の世界、プロの世界では常識なのでしょう。それを淡々と実践することができるのは、世界で多様な経験を積んできた選手の身体にその重要性が刻み込まれているからかもしれません。

私も45年以上前、ドイツにいるときに、「落ちているボールを見つけたとき、日本人は拾って投げるけど、ドイツ人は必ず蹴る」と言われるほどサッカーが日常生活の一部でした。ベッケンバウアーやミュラーに憧れるドイツの少年達とサッカーをしながら同じルールの下でもこんなに闘い方が違うものかと感心したものです。思えばそこで多様性を学んだような気もします。

ルカク選手をはじめとしてベルギー選手の半数は外国にルーツを持つそうです。まさに多様性がチームを強くします。言語、文化、慣習などが同じ方がチームとしての一体性が増して強くなるような気がしますが、むしろ逆です。多様な個性がぶつかり合いながら、それぞれの強みを発揮して、明確な1つの目標に向かうことが世界水準の強いチームづくりには欠かせません。日本人選手も海外で活躍し多様性を経験してきた選手がずいぶんと増えました。

多様性は日本の社会全体にとっても大きなメリットをもたらします。そのことが「個人の尊重」を規定する憲法13条によって70年以上も前に先取りされています。多様性(diversity)はスポーツでも企業でも国家でも同じように必要な要素です。強靱な組織作りの前提なのです。「個人」を否定し「天皇を戴く国家」として同じ方向を向いた同質的な社会をめざそうとする2012年自民党憲法改正草案は、とても日本の未来を考えたものとはいえません。もういい加減取り下げてほしいものです。

多様性を実感すること、これはどこで活躍する人にとっても重要なことだと考えます。法律家も行政官も日本国内の水準で満足することなく、世界を視野に入れて活躍できる人材になってほしいと思っています。多様な経験から得た知性は本物になります。日本の司法試験、公務員試験など過程にすぎない。その先での様々な経験を目指して一歩先を見据えながら、まずは目の前の目標を達成すること。そのために優先順位を明確にして、周りの目など気にせず、今やるべきことに集中してください。必ず世界水準の人間に成長できます。

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