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2020年3月

2020年3月 3日 (火)

第295回 コロナ

新型コロナウイルスへの対応で社会は混乱を極めています。時差通勤やテレワーク、世界経済の悪化、オリンピックを始め各種イベントへの影響、学校の休校をはじめとする行動制限などが話題になり、政府の対応や具体策の欠如などが批判されています。

政府による感染症対策の遅れや思いつきとしかいえない対応も、何が国民にとって本当に必要なことなのかをリアルに考えることができず、かつ政権担当者に現場感覚がないことによる結果なのでしょう。学校を臨時休校にしたら共働き家庭はどれだけ混乱するか、学校にいけない子どもたちの行き場はどうなるのかなどをどこまでリアルに想像したのでしょうか。韓国、台湾、イタリアなどの対応の迅速さと比べるとその判断のタイミングの遅さ、情報公開や説明の不十分さ、政治家の当事者意識の欠如が際立ちます。

信頼できる情報がないと国のみならず国民・市民もどのような対応をとったらよいのかがわからず、混乱するだけです。現状を知るためには感染者数の把握が大前提となりますから、感染しているかどうかを判断するPCR検査体制がすべての出発点となるはずです。日本では1日約3800件の検査が可能といっていたものが、実際には一日平均約900件しか行われていなかったそうです。他方で韓国では全国で約500カ所の検査所で検査を行い、1日1万3000人ほどの検査を実施しています。ドライブスルー型の検査によって数分のうちに結果がわかる仕組みも取り入れているそうです。

取調べにおける弁護士の立ち会いや可視化など刑事司法の分野では、圧倒的に日本より進んでいる韓国ですが、こうした感染症対策でもあっという間に日本を抜き去ってしまいました。日頃、嫌韓を声高に叫び、日本を礼賛していた人達はこの現実を目の当たりにしても、きっと何かあら探しをするのでしょう。もういい加減、国や民族での対立を煽るようなことは止めるべきだとつくづく思います。

危機の際にトップに権限を集中して、人権制限を含めて迅速な対応を可能にする制度が国家緊急権なのですが、そのトップに適切な危機管理能力がないと、かえって大変な混乱を招いてしまうことも今回よくわかりました。為政者に権力を集中させるよりも、迅速で的確な判断、現場での個別対応の方がよほど重要だとよくわかります。この感染症が問題になり始めたころ、政治家の中には、緊急事態条項を憲法改正項目として検討するべきだと主張した人もいましたが、災害や感染症などの度に、条件反射的に改憲と結びつける愚かなことはもういい加減やめてほしいものです。

私はこの一連の政府の対応の混乱やクルーズ船関連の騒動を見ていて、戦略的思考ができない日本の体質を見たような気がします。コロナウイルス感染者が多数発生したクルーズ船の中に入り、現場を「カオス状態」と告発した岩田健太郎教授が、「本来なら疫学チームが船のどこで感染が発生し、何が原因かを分析し、環境感染学会に引き継ぎます。知恵を出し合い、感染拡大を防ぐ戦略をたて、それを実施すべきでした。しかし、権限は厚生労働省の職員にありました。」と述べています。つまり専門家の司令塔がいなかったのです。また、「一生懸命やっているとか、一致団結していることに価値を見出し、異論や異説に耳を傾けない。いったん計画を作るとそれに固執し、代替案(プランB)を持たない。」とも言っています(毎日新聞2020年2月29日)。

私はこの発言を知ったときに、これは法科大学院制度の混乱と同じだなと思いました。まず、現場のことを知らない人々によって制度設計がなされ、不具合が見つかっても弥縫策で一時的な対処をするだけで、抜本的な原因究明と根本的な対策を立てることをしない。一度決めたらそれに固執し止められない、異論に耳を傾けない、などまるで同じです。現場を知らない学者や官僚が机上の数字合わせで対応し、「現場の先生は頑張っているのだから」と、明確な目標設定もなく、主観的な頑張りによって制度の善し悪しを評価してしまいます。

これではとても戦略的政策とは言えません。臨床医の意見を聞かずに、研究の専門家の意見だけで対応策を立案し、それを一律に実施しようとする今の政府の姿にぴったり重なります。そして、この体質は、第2次世界大戦で負けた日本の「失敗の本質」そのものです。

今回、私はかなり批判的に書いていますが、この本質は自分の中にもないか、常に気をつけなければならないと思っています。勉強でも仕事でも、頑張っているからいいじゃないか。努力そのものに価値があるかのような錯覚に陥っていないか。努力は明確な目標があり、事後的な検証ができて初めて意味を持ちます。ただ、闇雲に「頑張りました」では何も得るものがありません。明確な達成目標があり、評価基準があって初めて、失敗から次に活かす教訓を得ることができるのです。その上で、新しいことに挑戦するからこそ、挑戦に意味があるのです。このことは常に自分に言い聞かせています。

さて、伊藤塾では一昨年から外国人留学生が日本の法科大学院に入学できるように受験指導を行っています。東大の法科大学院をはじめとして様々なロースクールに進学して日本法を学び、企業に就職してたとえば日中の架け橋となるような仕事を通じてそれぞれのキャリアを築く支援をしています。中には中国の司法試験に合格していて日本の司法試験にも挑戦したいという方もいます。日本と母国の法律を共に使いこなせるにようになれば、活躍の場は大いに広がることでしょう。こうした外国人留学生の挑戦を応援したいのです。

そして、こうした外国人支援の一環として、伊藤塾では4月から渋谷校舎の2階の一部を利用して日本語学校を始めます。法科大学院などに進学したい外国人学生に論理的で使える日本語を教え、将来、多国籍企業で世界を舞台に活躍してもらいたいのです。そして何よりも日本のよき理解者となって世界で活躍してもらいたいと思っています。

この雑感でも何度か書いているのですが、私は外国人留学生や外国人労働者の皆さんに親日になって帰国してもらうことが、最も効果的な安全保障だと考えています。高価な武器を言い値で爆買いするのではなく、もっとこうした外国人の受け入れ対策に費用をかけるべきだというのが持論です。外国人労働者の方々を単なる企業の安い労働力としてみるのではなく、日本社会の一員であり、共同体のメンバーだという意識で迎え入れ、一人ひとりを個人として尊重し、日本になじめるように様々なサポートをすることに予算をかけるべきです。

外国人の子どもたちへの教育も欠かせません。憲法26条1項の教育を受ける権利は、社会権ではありますが、外国人にも等しく保障されるべきだと考えています。戦時中の植民地政策として行われていた同化政策とは全く異なる受け入れ政策が必要なのです。感染症の広がりにより、デマ、差別、排外主義などが蔓延しがちな今だからこそ、アジアからの留学生を支援する意味があると思っています。

多様性を認め合える共生社会を目指すという点では、障がいを持った子どもたちへの教育とも共通点があります。特殊学級として区別するのではなく、普通学級での教育を望む子どもには、その希望通りに健常者の子どもたちと同じ環境での教育を受ける権利を保障するべきです。そのことが、健常者の子どもたちにとって多様性を学ぶいい機会になります。同様に外国人の子どもたちと共に学ぶ場が与えられた子どもたちは、幼いころから多様性を意識せずに受け止めることができるようになることでしょう。

こうした外国人の受け入れ、障がい者の受け入れにもっと予算を使うべきだと考えるのですが、どうしても今の政府は強い国づくりを目的として予算編成をしたいようです。本当に国民目線で予算を考えるのであれば、軍事費よりも教育や災害対策、感染症対策などに税金を使うという発想が生まれてきそうなのですが、どうもそうなりません。

人類が直面する危機として、戦争、地球温暖化、食糧危機、貧困・格差問題など様々ありますが、最も緊急性のある課題は感染症拡大(パンデミック)だという話を数年前に聴いたことがあります。もちろん軍事力を強化して行う安全保障が最重要だという考えもあるでしょう。しかし、日本の場合には、武力攻撃を受ける蓋然性よりも自然災害の脅威の方がよほど目の前にある現実のリスクです。そして今回露呈したように感染症対策こそが国民・市民にとって、最も切実な政治課題であると思います。

希少資源の分配が政治の本質だとしたら、税金など国家予算をどこに使うのかの優先順位付けが政治家の仕事であり、100年後の国の姿をイメージして国民・市民が幸せを実感できる国づくりをするべきです。どうも優先順位付けが苦手な政治家ばかりのようです。試験勉強でもメリハリをつけた優先順位付けが短期合格にとって不可欠であることは、合格者が例外なく指摘していることです。

そういえば、先の岩田教授が、首相が行った小中高の全校一斉休校の要請に対して、試験対策にも通じる本質的な指摘をしていました。「休校を正当化するならば、その方策がもたらすゴールをはっきりさせる必要があります。休校で感染をゼロにするとか、一日何人まで減らすとか。そういう目標設定がちゃんとあり、その背後に根拠があれば、事後的に政策の成否がわかります。それなしに、ただ『やる』と言われても、その成否は事後的に判然としません。クルーズ船のときと同じ。『みんながんばったね』が残るだけです。ゴールが見えず、ただ場当たり的に政治的判断がなされており、『科学よりも政治』という、またしても悪い前例となってしまいました。」

この指摘のとおり、明確な目標設定が極めて重要です。これから司法試験の勉強を始めようとする方は、少なくとも来年の5月の予備試験短答には合格することを目標にしてください。来年予備試験最終合格を目指すという人もいることでしょう。十分に実現可能です。すでに勉強を始めていて今年は絶対に合格するという皆さんも200点とるぞ、という具合に明確な目標設定が重要です。司法書士試験、公務員試験、行政書士試験も同様です。できるだけ明確な目標設定を心がけてください。そうすればたとえ失敗したときにも、次につながる教訓を得ることができます。

さて、伊藤塾では、基本的にすべての講義をインターネットを通じて受講できます。25年前から映像教材を導入し、どこよりも早くインターネットでの講義配信を始めた伊藤塾だからこそ、感染症対策の行動制限の中でも各自の環境に合わせて効率的に学習することが可能となっています。渋谷における私のライブクラスも翌日からインターネットで聴講できますから、安心して受講してください。司法試験や予備試験、公務員試験、司法書士試験の本番までに事態が収束していることを祈るばかりですが、受験生の皆さんは過度に不安がることなく、今、やるべきことを淡々とこなしていってほしいと思います。