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2021年10月 4日 (月)

第315回 講義と雑談

人は様々な失敗をする。前回はその事実に向き合う方法、受け止め方について書きました。失敗そのものは、私たちが人間である以上は避けることができません。別の言い方をすれば、失敗があるからこそ個人は人として成長し、人類全体も進歩してきました。殺し合い、戦争を経て、殺人はいけない、戦争は違法だという規範を共有するようになってきたのです。そこに至るまで膨大な血と涙が流されてきたことは、仮に犯罪や戦争の被害者でなくとも容易に想像できます。

一人ひとりの個人だけでなく、個人の集合体である国家もまた失敗をします。ただ、その失敗は当然個人の問題に留まらず、大きな犠牲を伴うことになります。コロナ対策の無為無策による飲食、イベント関連業種の損害をはじめ、十分な医療を受けられずに自宅で亡くなった方や後遺症に苦しんでいる方々もそうですが、戦争がその最たるものです。日本も明治維新以来、台湾出兵に始まってポツダム宣言受諾まで、正確には降伏文書に調印するまで71年間、様々な戦争をし続けてきました。

各戦争にはそれぞれの意味を見出すことができるという人もいるかもしれませんが、最後のアジア・太平洋戦争では踏みとどまるチャンスが何度もあったにも関わらず、勝ち目の無い戦争に突き進み大きな失敗を犯します。その結果、満州事変(1931年)以後だけでも、平頂山事件(1932年9月)、南京虐殺(1937年12月)、日本軍慰安婦・徴用工問題、731部隊、重慶無差別爆撃(1938年から5年間)、中国大陸での毒ガス使用など主立ったものだけでも相当数の民間人の命を奪い生活を破壊してしまいました。これらの事実自体を否定する人や恥ずべき過去として忘却しようとする人もいますが、教科書裁判の家永三郎先生が指摘するとおり、「恥ずべき過去を隠すことは、恥ずべき過去を持つことより恥ずべきことである」と自覚して事実に向き合うべきです。

もちろん、日本だけではありません。ドイツはナチスによるユダヤ人などへの大量虐殺という人道違反の戦争犯罪、ロシアは旧ソ連時代の日本兵捕虜の違法な扱い、アメリカは日本の都市への無差別爆撃や原爆投下による民間人虐殺だけでなく、ベトナム戦争、嘘で始まったイラク戦争、そしてつい最近まで20年間続いたアフガニスタンの戦争など失敗の連続といえます。基本的に戦争は多くの民間人の犠牲を避けられないという点において失敗です。ですが、そこから何かを学び、平和構築に活かすことができれば、前に進むことができます。

ドイツはナチスの失敗から多くを学び、それを戦後の国家運営に活かしてきました。近隣諸国からの信頼を勝ち取って、今やEUの中では重要な地位を占めています。それに比べてアメリカは多くの失敗からあまり有効な学びはしないようです。戦争を繰り返しながら、いかに武器を近代化して強力なものにするか、味方の犠牲を最小限にするために無人機やロボット兵器を活用するといった学びはあるかもしれませんが、戦争そのものを止めるという学びには昇華できていません。ベトナム戦争で多大な損害を出して敗北していながら、結局その経験をアフガニスタン戦争では活かせませんでした。

個人であろうが、組織であろうが過去の事実に対してどう向き合い、そこから何を学ぶかによってその後の発展、成長が全く異なってきます。頭ではわかっているのですが、私自身も自らそれを実践することはまだまだ難しいというのが正直なところです。だからこそ、これまでも講義やこの雑感の中でも自分に言い聞かせるつもりで、こうした不都合な事実にどのように向き合うのか、そして学び方そのものについても繰り返し述べてきました。

先日、うれしいことがありました。伊藤塾で学んで最年少合格を果たした大槻凜さんの記事が読売新聞オンライン上で公開されたのですが、彼の誠実な人柄が出ていて安心しました。タイアップ記事ではないのですが、好意的なインタビュー記事になっていてホッとしたところもあります。最年少合格者というと興味本位で注目を集め、際物扱いされることが少なくないのですが、彼の場合には伊藤塾で合格の王道を歩んで来たので、そうした心配も無用でした。セルフレクチャーや記憶のゴールデンタイムである寝る前の5分の記憶などの勉強方法を素直に実践し続けてくれただけでなく、盤石な基礎、余計なものに手を出さない、ゴールからの発想、合格後を考える、多様な経験の必要性などの理念も理解し共有してもらえました。

▶︎読売新聞オンライン大槻凜さんのインタビュー記事はこちら

そしてそれらの考えが自らの中に当たり前のこととして自然に取り込まれているので、これから新しいことに挑戦するときにも役に立つと感じているそうです。私は、彼が伊藤塾で法律の知識や法的思考力を身に付けたことに、もちろん大きな意味があると思っていますが、それ以上に、学び方や考え方を身に付け、それを今後も実践してくれるに違いないと思えることが、長年法教育に携わってきた者として、最もうれしいことです。

長い人生を生き抜いていくためには様々な力が必要ですが、社会の変化に振り回されずに自ら生き抜く力が何よりも求められています。そうした自己資源を蓄えていかねばならない時代に、法律の知識と法的思考力を身に付けることは大きな武器になります。ですから、学生や社会人の皆さんにしっかりと法律を基礎から学んでほしいと思っています。

ですが、それだけではなく、これからの時代に必要なことは学び続ける意欲と能力です。目先の合格だけを目指すのではなく、常に一歩先を考えて、学び方を学ぶ「メタ学習」こそが重要です。大槻さんは高校生時代からwebで私の講義を聴いてそれを身に付けてくれました。今後もさらに成長し続けてくれるに違いないと思っています。

昔から私の講義に対して、「合格に必要な知識やテクニックだけを教えていればいいんだよ、余計な雑談など不要だ」という声がありました。真っ当な批判として受け止める必要はあるのですが、それでも、目先の試験に直接関係しないことであっても、「有効な無駄」としてメタ学習に限らず、物事を考えるときの視点や発想法、複眼的なものの見方、多様性の受け止め方、死生観などをみなさんが自ら考えるときのヒントにつながる話をし続けてきました。そんなことはお前に言われる必要はないと一蹴されることも十分に承知の上で、それでもこうした話をしていくことが必要だと考えて、この塾を運営し講義を続けてきました。

法律内容そのものではないですから余談と言われればそのとおりなのですが、不必要で余計な話をしているという意識はありません。講義中の余談、雑談と思われることもすべて考えた上で必要と思うことだけを話しています。この雑感も雑という文字を使っていますが、無用な無駄話を書き連ねているつもりはありません。テーマが限定されていないという意味で雑という文字を使っているだけです。

自民党の新総裁が決まりました。今月にも衆議院議員総選挙の可能性がありますし、来年には参議院議員通常選挙もあります。政治的にはリベラル保守を自認している私としては、多様性に寛容で、包容力のあるかつての自民党が戻ってくるかもしれないという期待もあるのですが、安倍・菅政権によって壊されてしまった憲法価値を再構築してもらえるか、それは野党に託すべきかを判断する重要な選挙が続くと思っています。

若い塾生の皆さんには安倍・菅政権の自民党しか知らずイメージできないかもしれませんが、かつての自民党には少数者への配慮や憲法擁護の強い意識を持つ議員が相当数いました。軽武装で経済重視の政策によって所得倍増を達成していった保守本流をどこまで復活させられるか、安倍・菅政権の憲法軽視、大企業・株主重視の経済政策から脱却できるのか、中小企業経営者としても関心を持っています。

安倍・菅政権は、学問(学術会議問題)、芸術(愛知トリエンナーレ問題)、内閣法制局(長官任命問題)、司法(最高裁判事任命)など、ときの政治権力から独立して自主性を尊重しなければならない問題について、積極的に介入したり、発言を通じて強い影響力を及ぼしてきました。そして、ご飯話法や論点のすり替えによって、国会を建設的な対話と説明の場とは程遠いものに貶めてしまったことが、負の遺産であることは間違いありません。

選挙で野党にはわかりやすい政策を提示してもらい国民の選択肢を増やしてほしいと思っています。ですが、何より投票価値の平等を実現し、どこに住んでいようが選挙による政治的影響力が可能な限り等しく、誰もが主権者として一人前に扱われる制度を実現しなければなりません。誰もが政治的に一人前扱いされるという民主主義の理念の面からだけでなく、一人一票という国家組織の基本的ガバナンスが機能しないままでは、この国の真の経済成長も豊かな国づくりもありえません。一人一票実現のための運動と訴訟はますます重要になります。塾生の皆さんにも原告になることへのお願いなどで協力を求めることがあるかと思いますが、党派性などとは無縁なこの訴訟の意義を理解していただけることを願っています。